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2006年6月

初めての蕁麻疹…?

さて、和歌山の実家から東京に帰って、翌日から仕事に出た。休む暇なしである。ああ、哀しい。しかし、頑張らねばー。ちょっと体重の事も気になっていたので、ダイエットしちゃおうーと思い立ち、その日、たらふくお豆腐を食べた。米抜きである。だって、和歌山でそんなに喰わなかったのもかかわらず、2キロの体重増。さすがに気になる。そして、衣料部で新品のリュックサックを買い、その日から背負いはじめた。なぜリュックか?危なっかしいチビ助と行動を共にする限り、両手はフリーな状態でないと危ないからである。
なにやら微妙に身体が痒い。その日の夕方、そう感じた。「やばい、衣料部のダニがリュックから移ったか?」過去にもそういうことがあったので、そう思った。しかし、すぐよくなるだろうと放っておいた。確かに翌朝にはよくなった。そして、また昼ゴハンにお豆腐をたらふく食べた。そして、3時の休憩時にキ○ンの「実○」という五穀茶500mlを飲み干した。やがて30分ほどたって、上半身のあちこちが痒くなってきた。此の時もまだ、「ダニ」だと信じて疑わなかった。しかし、実は蕁麻疹だったのである。その夜、あまりの痒さに飛び起きた。頭皮である!「うわ〜、頭にまでダニが!」あまりのショックに思わずリュックを丸洗いして、少しおさまったところで、再度寝た。そして、翌日は休日。かなり痒みもおさまっていた。
そして、その休日の午後、チビ助と一緒にファミリーレストランに行った。待ち合わせをした親父(旦那・午前中仕事)はレストランを間違えて、待てども待てども来なかった。チビ助はカルピスに御執心で、「カルピス〜」と言って勝手にドリンクバーに行く。仕方がないので、先に注文した。チビ助「お子さまランチ」、母「豆腐ハンバーグと五穀米」である。「おいしかった!」と満面の笑みでチビ助は家路に着いた。親父とは行き違いのままである。
さああ、その深夜!あまりの痒さにまたも飛び起きた!!部屋を明るくして己を見てみると、なんと、顔以外はすべて赤く腫上がっている!!「やばい!こんな姿じゃ仕事いけない!」「第一痒くてもう我慢ができん!!」某病院の救急外来に電話すると、来てもイイと言うので、チビ助と親父をおいて、初めてひとりで病院を訪れた。そして、受付を済ませ、待ち合い室で待っていると、いきなり具合が悪くなり、看護士にベットに運ばれた。そして、急いでやって来た医者のたまごに、「なんでこんなになるまで来なかったんですか!」と怒られた。呼吸困難だったんである。抗ヒスタミン剤の注射後もやばい状態だったンで、「点滴しましょう!」と言われたが、もう、血管がむくんで針さえ通らない。4回やられて4回とも「やばそう」というんで、急きょ中止。そして、「ポカリスウェット2L、飲んでください!」と言われ、自販機に買いに行って、ガブガブ飲んだ。2Lなんて、無理だと思うでしょう〜?それがグングン面白いように飲めてしまった。そして、「此の後、病院が開く時間になるので、皮膚科を受診してください。」と言われ、正門に回って、再び皮膚科に診察券を通すと、さっきの医者のたまごが、急いで皮膚科にカルテを持って来た。待ち時間の間に今度は売店までポカリを買いに行って、さらに飲んだ。そして、親父に電話してチビ助を保育園に連れていってもらい、職場に電話して、「出れたら出る。」と断わりを入れた。もうその頃は大分具合も痒みもよくなっていた。さて、原因はなんだったんだろうー?そこで、ハッと思い当たった。大豆!だいずである!!お豆腐を食べた後、五穀茶(大豆入り)を飲んだ後、豆腐ハンバーグと五穀米(大豆入り)を食べたあと!ああ〜そうか!あんなもんで蕁麻疹に!?アレルギーって大人になってからでも罹るって知らなかった〜。ショック〜。大好きなお豆腐よ、さらば〜。
血液検査も受けたが、結果を聞かず終いで今日に至る。
ポカリをたらふく飲んだにもかかわらず、体重は一気に2キロ減った。実家から帰って以来、やっと熟睡した。やはり大豆系のものを食べると痒くなるので、以来、味噌汁ぐらいしか口にしていない。味噌汁でもときどき痒いので、その時は「アレロック」という、アレルギーLOCKの(まんまやがな)薬を飲んでいる。
あとはチビ助のキレ痔と便秘を治すべく頑張るべ〜。私の日々に休みなし。

5月、実家へ帰る。

5月中旬、チビ助を連れて実家訪問をした。
思い起こせば、それがはじまりでありました。東京ー和歌山間、ほぼ5時間かけてうちに到着。もう〜チビ助ともども、心身ぼろぼろ。しかし、チビ助は疲れた様子も見せず、あれこれとわがまま言いたいし放題。おかげで母たる私はさらにぼろぼろになりつつあったんです。そして…。
実家に帰ったその夜に、なんと震度4の直下型地震!!和歌山って結構地震が多いンですが、めったに4度のはきません。が、その夜は違った!下から突き上げるような衝撃!!熟睡中だったのに一気に飛び起きました。「うっわ〜たいへんだ!こりゃあ逃げねばいかんかな。」と思っているところへ、またも結構な揺れが。どうする!どうする〜?????我々は大断層の上に寝ているようなもんだぞ(和歌山ってそうなんである)。しかし、どうやらおさまって来たようなので再度寝ようとするが眠れません。隣を見てみるとチビ助は高いびきで熟睡中。すごいぞ!チビ助!此の揺れにも起きないとは。遠くでは救急車とパトカーの音が響く。その日はチビ助の誕生日でありました。
朝になり、昼になり、チビ助の誕生日をじじばばに祝ってもらい、楽しく過ごしました。が、チビ助、よそのうちだとゴハンを食べない。新天地で遊んでいるつもりなのでごはんを食べるというカテゴリーがないのだ。おまけに東京を出発したときから便秘でキレ痔で、食欲も湧かないような。じじばばにそう言ってみると、「ゲンノショウコ飲ませてやろう。」ときた。じじばば、3歳になったばかりの幼児にゲンノショウコですか。大丈夫ですか。やばそうではないですか。しかし、他に頼るすべもないので、チビ助に煎じて飲ませると、苦いはずなのに飲むわ飲むわ。翌日には立派なうんちがどっかと出た。「よかったねえ〜、よく頑張った!」そして実家を後にした。3日もいないのにもう東京へ向けて出立したんである。とほほ。これを強行軍というんである。チビ助、頑張れ!東京の我が家はすぐ先?だ〜!!!!!いっぱい飯を喰おうなあ〜。
東京についてやっと落ち着いて、チビは飯をたらふく食い、母も熟睡…しようと思ったが、なぜか眠れなかった。そして、疲労は蓄積されていったんである。—続く

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